織田信長の右腕「森蘭丸」が城主であった「美濃金山城跡」を訪れてみた〜

美濃金山城跡

先日、岐阜県可児市まで散策に出かけたのですが、この辺りには戦国時代の城跡が沢山残っていることでも有名。戦国時代かの織田信長が尾張一体を治めていたこともあり、この周りには信長の家臣の城跡が数多く残されています。その中でも有名なのが岐阜県可児市兼山に位置する国指定史跡「美濃金山城跡」。

岐阜県可児市にある「道の駅 可児ッテ」を訪れた後ということもあり、時間はもう16時過ぎ。17時頃には駐車場も閉まってしまうとのことなのでで、慌てて向かうことに。

岐阜県可児市にある人気の道の駅「道の駅 可児ッテ」にて、可児ッテ名物「里芋コロッケ」を満喫〜

車ですれ違うのもギリギリな感じの細い山道を上がっていきます。美濃金山城跡の旗も掲げられていて駐車場まではもうすぐだったですが、陽が落ちかけてきたこともあり、路肩に車を止めて上まで歩いて向かうことに。(運転者は乗ったまま待ってくれていました)

金山城は美濃国可児郡(現在の岐阜県可児市兼山)に存在した日本の山城。城跡は「美濃金山城跡」として、2013年に国の史跡に指定。天文6年(1537年)斎藤正義が築城、その後織田信長が美濃国を領地としたことにともない、永禄8年(1565年)家臣の森可成が城主となり兼山城と改称。次男長可が跡を継ぎ城主となったが、信濃国川中島に転封される。その後弟の森成利(森蘭丸)が入るが、成利は同年中に本能寺の変により織田信長と共に討死した。(Wikipediaより一部抜粋)

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美濃金山城跡

しばらく歩くと見晴台が見えてきました。後少しで駐車場かな。

美濃金山城跡

山道はこんな感じに舗装されています。本当は駐車場まで車で行った方が楽で安全かも。見た目よりも急な坂道が続きます。

美濃金山城跡

見晴台から見た景色。緑深い山々が美しい。奥の方には可児市の町並みも見えます。

美濃金山城跡

こちらには広い庭が見えるので、学校でしょうか。自然豊かな町並みが広がります。

美濃金山城跡

7,8分上がったところで、やっと駐車場にたどり着きました。20台分の無料駐車場があり結構広い印象。入り口付近にはトイレもあります。ここまで車でくればよかったかなと、ちょっと後悔。

美濃金山城跡

日も落ちかけてきたので、早速「美濃金山城跡」を目指して上に登ることに。

美濃金山城跡

登山道入り口には、木の枝でできた杖も備えられています。

美濃金山城跡

登山道はこんな感じ。思っていた以上の急勾配。足元に気をつけながら、ゆっくりと上がることに。

美濃金山城跡

破城の痕跡」という看板も。城を故意に壊して再び城が築かれないようにすることを破城といい、美濃金山城跡には多くの場所に壊された石垣が残っています。

美濃金山城跡

こちらが破城の痕跡といわれている石垣。この石垣は天端(一番上)と角が崩される破城の痕跡が残っています。お城自体は新しく改築されたものが多いですが、こうした石垣は当時のままの形で残されているものが多いので、時代の流れを肌で感じることができます。

美濃金山城跡

山道をひとしきり登ると(5,6分)、平台に到着。こちらには「古城山払い下げ記念碑」が建てられています。古城山とはこちらの山のことで、江戸時代には村人の立ち入りが禁止されていました。

美濃金山城跡

古城山払い下げ記念碑」という立派な石碑が建てられています。昭和28年に払い下げを受けた翌年、この碑が建てられました。長年にわたり利用できなかったことが、こうして城跡の遺構を残すことに繋がったのです。

美濃金山城跡

「古城山払い下げ記念碑」の案内看板も。本当は頂上まで行きたかったのですが、こちらの現在地を見るとまだ相当登らないと駄目なようなので、今回は仕方なくここで引き返すことに。辺りは暗くなってからでは、ほんと危ないですからね。(山道は結構細く急なので、お天気がよい明るい時間帯に訪れることをお勧めします)

美濃金山城跡

辺りを見てみると、こんな感じにぐるっと山道が続いています。想像以上の急勾配なので、山頂まで登る方はある程度ちゃんとした装備で訪れた方がいいかも。

美濃金山城跡

こちらが金山城出丸跡。南面に4mの石垣が、戦国末期の築城当時のまま残っています。

美濃金山城跡

こちら出丸跡は、金山城の第一線防御のため大手口に築かれた重要施設となっており、高さ3,4mの石垣で築造されています。その手法は山石を加工せずそのまま組み合わせる「野面(のずら)積み」となっており、石と石の隙間には栗石(丸い小石)が詰められています。

この石垣は、戦国時代末期の創建当時そのままの遺構であり、往時の建築特徴をうかがうことのできる貴重な遺跡となっています。戦国時代末期の石垣がそのままこうして残っているなんて、知れば知るほど凄いですよね。

美濃金山城跡

この辺りは建築物の土台の名残である丸石が点在しています。ここに「出丸櫓」が構えられていたと考えられています。

美濃金山城跡

こんな感じにかなりしっかり石の土台が残っています。戦国の世から現代まで、そのままずっとこの地に形を残しているのですから、何とも感慨深いですね。

戦国の世、信長の右腕として有名だった「森蘭丸」が城主でもあった「美濃金山城跡」。城跡ということで天守閣はありませんが、石垣などは戦国当時の形をそままの姿を残している貴重な遺跡となっています。

この日は訪れたのが遅かったこともあり、山頂までは辿り着けませんでしたが、また機会を見て再チャレンジしてみたいと思います。(^_-)-☆

美濃金山城跡

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